ワルツ『ウィーンの森の物語』にちなんで、ウィーンの街の物語なんてリラックスした感じのタイトルにしてしまいましたが、歴史の教科書で有名な山川出版のテーマ別小冊子「世界史リブレット」の中の1冊です。マリア・テレジアとヨーゼフ2世が啓蒙専制主義の思想に従って色々と改革をしていった過程で、ウィーンが近代的な都市になりました、という内容です。
啓蒙主義というのは「科学と理性の力を通じてこそ、人間は、宗教的盲信や封建的支配の桎梏から解き放たれ、そして、精神、肉体ともに自由で、優れて理知的な存在として、未来に向けてよりよい社会を築いていくべき」という思想です。君主が率先して、大衆をそういう方向に導き、国家のために尽くしてもらう、というのが啓蒙専制主義です。ヨーゼフ2世は、「君主は国家の第一の下僕」と言ったそうです。理性とか合理的な思考を高めるための改革をたくさん進めています。
以下、印象に残った内容を箇条書きにしてみます。
・検閲を大幅に緩和し出版を自由化した結果、読書文化が花開いた。読書室が沢山できたり、カフェで知識を交換したり…。
・宮廷劇場を一般開放した。さらに「ドイツ国民劇場」と改称した。←オペラ~♪♪
・上流知識階層の音楽への関心が高まり、サロンコンサートや予約演奏会が盛んになった。←器楽曲~~♪♪
・ごく一時的ながらフリーメーソン(自由、平等、友愛を掲げる秘密結社)を奨励した。←『魔笛』~~♪♪
・帝室保有地を公共緑地として開放して、一般市民レクリエーションの場になった。
・マリア・テレジアがウィーンに初めて番地制度を導入した。その結果、市内郵便ができた。(それまでは国際郵便しかなかったらしい)
・初めて本格的な測量を実施し、地図の出版がブームになった。
・カトリック教会の影響力をそぐため、修道院を大量に廃止した。
・病院や救貧院などの公共施設・福祉施設が沢山つくられた。ヨーゼフ2世は医学の心得があり、自分で診察したこともあったそう。
・埋葬の簡素化、市内における埋葬の禁止。(映画『アマデウス』でモーツァルトの亡骸が粗略に扱われる場面が出てきますが、これのせいなのですね)
・街灯が導入され、季節や月の満ち欠けに関係なく、深夜1時まで点灯された。これは画期的なことだったらしい。で、その結果「夜型」の生活になった(^^;;
・「理性の飲み物」として(酔っぱらわないから…笑)、コーヒーを飲む習慣が広まった。←文字通りウィンナーコーヒー(いや、生クリーム浮かべたものを毎日飲んでたわけないけど)
・服装規定の全面廃止。身分にかかわらず好きな服を着ていいことになった。(挿絵にオシャレな女子が載ってたので、てっきり貴族の娘かと思ったら、小間使いとか料理女でしたΣ(・ω・ノ)ノ!)
当時は啓蒙主義の時代だったので、都市の近代化はウィーンに限った話ではありません。でも、この本を読んで、モーツァルトたちが活躍できる舞台がととのい、その後、ウィーンが音楽の都になった背景を垣間見ることができて、興味深かったです。
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